mamma mia project

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〒520-3305
滋賀県甲賀市甲南町野川835
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pâtisserie MiA
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Cafe / 12:00− (L.O. 16:30)
Closed / 月・火
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News > 木工 川端健夫

照井壮展「夏の雨」

照井壮展「夏の雨」 こちらの女性像に加え、新作の染付の女性像も本日持参くださりました。400点近くの作品に「こんなにたくさんの作品は初めて見ました!」と喜んでくださるお客様も朝からお越しくださりました。ありがとうございます。 8/6(日)までの3週間の開催です。素晴らしい作品の数々をぜひ!この機会にご覧くださいませ。ご来店お待ちしています。

こちらの女性像に加え、新作の染付の女性像も本日持参くださりました。
400点近くの作品に「こんなにたくさんの作品は初めて見ました!」と喜んでくださるお客様も朝からお越しくださりました。ありがとうございます。

8/6(日)までの3週間の開催です。
素晴らしい作品の数々をぜひ!この機会にご覧くださいませ。ご来店お待ちしています。

タケハラ

明日からギャラリーマンマミーアでは照井壮磁器展「夏の雨」が始まります。初日は照井さん在廊してくださいます。 佐賀から白、青の磁器を中心にたくさんの作品。雨の湖面を思わせる透明感と質感。一つひとつの作品を手に取りながら、おおよそ展示を終えました。 そしていつものように、明日の早朝に新鮮な目でもう一度見て、手直ししようと思います。 明日(7/19)から8/6。お待ちしております。

明日からギャラリーマンマミーアでは照井壮磁器展「夏の雨」が始まります。初日は照井さん在廊してくださいます。 佐賀から白、青の磁器を中心にたくさんの作品。雨の湖面を思わせる透明感と質感。一つひとつの作品を手に取りながら、おおよそ展示を終えました。 そしていつものように、明日の早朝に新鮮な目でもう一度見て、手直ししようと思います。 明日(7/19)から8/6。お待ちしております。
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工房のガラス窓に小さな紙がズラーっと並んでいる。注文が入るとスタッフがその注文をA6サイズの用紙に書き写して、テープで貼っていくのだ。一時期、PCで整理したり、ファイリングしたりもしたけど(スタッフは今でもやってくれているらしいですが)、結局は一番アナログな方法に落ち着いた。注文を頂いた順に左上から貼ってくれるので、僕は脇目を振らずひたすら貼ってくれた順に作って、出来たらはがす。お、減ってきたな!と一目で分かるのがいい。  ただ、今回のように結構なロットで入ると、その注文に数週間はかかる。その間、小さな紙が一向に減らないのがつらい…(ありがたいとこですが!)。それだけに、その小さな紙をはがす瞬間は格別。今日の晩酌が待ち遠しい。 大阪のクプクプさんに納品です。

工房のガラス窓に小さな紙がズラーっと並んでいる。注文が入るとスタッフがその注文をA6サイズの用紙に書き写して、テープで貼っていくのだ。一時期、PCで整理したり、ファイリングしたりもしたけど(スタッフは今でもやってくれているらしいですが)、結局は一番アナログな方法に落ち着いた。注文を頂いた順に左上から貼ってくれるので、僕は脇目を振らずひたすら貼ってくれた順に作って、出来たらはがす。お、減ってきたな!と一目で分かるのがいい。  ただ、今回のように結構なロットで入ると、その注文に数週間はかかる。その間、小さな紙が一向に減らないのがつらい…(ありがたいとこですが!)。それだけに、その小さな紙をはがす瞬間は格別。今日の晩酌が待ち遠しい。 大阪のクプクプさんに納品です。
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パスタ皿。 家族も認める十八番メニューは親子丼とカルボナーラ。改めて考えたらどちらも学生時代から20年以上ずっと同じレシピ。各工程ごとに自分だけのオトコ料理的こだわり(ウンチク?)があって、作ってる途中で邪魔されたくない。まあ、嫌われたくもないので、それを誰にも披露したことないけど…。

パスタ皿。 家族も認める十八番メニューは親子丼とカルボナーラ。改めて考えたらどちらも学生時代から20年以上ずっと同じレシピ。各工程ごとに自分だけのオトコ料理的こだわり(ウンチク?)があって、作ってる途中で邪魔されたくない。まあ、嫌われたくもないので、それを誰にも披露したことないけど…。
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先日と同じく、大学のレポートから。好きな言葉、嫌いな言葉というテーマで書いた文章です。 「ふつう」のスプーン 「ふつう」という言葉は以前は嫌いな言葉だったが、今ではとても好きな言葉の一つである。それにはあるきっかけがあった。  10~20代の頃は個性的であることに価値があり、進路などで人と違うことを考えがちな私に対して、母の「ふつうでいいのよ」というため息まじりの口癖が嫌でたまらなかった。木工の修行時代の師匠からは「どこにあっても川端が作ったものだと分かるものを作れ」と常に言われていた。つまり、その頃の私にとって「ふつう」とは無個性の象徴であり、その他大勢に埋もれてしまうことだった。  それが変わるきっかけとなったのは、息子が生まれる時に木で作ったベビースプーンだ。それまでの私なら、「こんな形ならまだ誰も作っていない」とか、「これが自分の特徴だからこの要素を盛り込んだ形にしたらカッコイイ」、ということからスタートしていただろう。しかし、その時はそれを商品にしようとは一切思わず、生まれてくる息子のためだけに作った。口の形や手の大きさを想像し、「すくうところは浅めにしたほうが食べやすいかな」とか、「握った時に気持ちいい形にしよう」とか、自分の感覚を頼りに、ただひたすらに丈夫で使いやすいものをと考えていた。そうして出来上がったスプーンは、取り立てて特徴のない「ふつう」のスプーンであった。  ただ、それはあくまで私にとっての「ふつう」であり、マーケティング調査のような大勢を対象にその傾向を調べたり、平均値を取った結果ではない。あえて自分の感覚を言葉にすれば、嫌みがなく、無心であり、心地よく、丈夫であり、愛おしく、使いやすいもの。良心や常識と言ってもいいかもしれない。自分の中にも「ふつう」があったのだと気づいた瞬間だった。  他と自分を比べていた頃には嫌いだったこの言葉も、自分にとっての「ふつう」で良いのだと会得してからは、好きな言葉に変わったのである。

先日と同じく、大学のレポートから。好きな言葉、嫌いな言葉というテーマで書いた文章です。 「ふつう」のスプーン 「ふつう」という言葉は以前は嫌いな言葉だったが、今ではとても好きな言葉の一つである。それにはあるきっかけがあった。  10~20代の頃は個性的であることに価値があり、進路などで人と違うことを考えがちな私に対して、母の「ふつうでいいのよ」というため息まじりの口癖が嫌でたまらなかった。木工の修行時代の師匠からは「どこにあっても川端が作ったものだと分かるものを作れ」と常に言われていた。つまり、その頃の私にとって「ふつう」とは無個性の象徴であり、その他大勢に埋もれてしまうことだった。  それが変わるきっかけとなったのは、息子が生まれる時に木で作ったベビースプーンだ。それまでの私なら、「こんな形ならまだ誰も作っていない」とか、「これが自分の特徴だからこの要素を盛り込んだ形にしたらカッコイイ」、ということからスタートしていただろう。しかし、その時はそれを商品にしようとは一切思わず、生まれてくる息子のためだけに作った。口の形や手の大きさを想像し、「すくうところは浅めにしたほうが食べやすいかな」とか、「握った時に気持ちいい形にしよう」とか、自分の感覚を頼りに、ただひたすらに丈夫で使いやすいものをと考えていた。そうして出来上がったスプーンは、取り立てて特徴のない「ふつう」のスプーンであった。  ただ、それはあくまで私にとっての「ふつう」であり、マーケティング調査のような大勢を対象にその傾向を調べたり、平均値を取った結果ではない。あえて自分の感覚を言葉にすれば、嫌みがなく、無心であり、心地よく、丈夫であり、愛おしく、使いやすいもの。良心や常識と言ってもいいかもしれない。自分の中にも「ふつう」があったのだと気づいた瞬間だった。  他と自分を比べていた頃には嫌いだったこの言葉も、自分にとっての「ふつう」で良いのだと会得してからは、好きな言葉に変わったのである。
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現在、木工仕事の傍ら通信制の大学(京都造形芸術大学)に在籍していて、夜中や早朝にちょこちょこレポートを書いています。最短2年で卒業できるのですが、まあ、仕事に支障が出ない程度にボチボチ楽しみながら続けていこうと思います。 以下は「住んでいる地域の自慢出来ること」というテーマで書いた小論文。里山について書きました。 「里山感覚」 丘の上にある自宅のデスクからは里山の風景が広がる。よく手入れされた田んぼと杉林。その間の緩やかな斜面には蔵を備えた日本家屋がひしめくように集落を形成している。遠くかすむ先には鈴鹿山系が臨め、ここへ越した頃に植えたウメやサツキなどの小低木と合わせた近景から遠景に至る風景は一幅の山水画のようである。大阪育ちで東京の大学に通った私がここ滋賀県甲賀の里山に住むようになって14年になるが、この眺めを見るたび嬉しく誇らしい気持ちになる。一体、この里山の心地よさとは何ゆえだろうか。  ここ数年、仕事で東京などに行くと公園やカフェにやたらと足が向く。里山へ来る前、都会に住んでいる頃にはそのようなことはなかったので不思議だったが、ある時気づいた。里山にいるときは、五感を全て解放していられるのだ。ところが、その感覚のまま都会へ入っていくと受け取る情報が多すぎて、疲れてしまう。つまり、都会に住んでいた頃は感受性の回路を一部切ることで、周りとの折り合いをつけていたのだった。  里山と公園は自然に人間が手を加えることで成立しているという意味では似ている。ただ、公園で人は一方的な受け手であるのに対し、里山は住人自らが田を耕し、山の手入れをすることで維持されている。受け手であると同時に担い手でもある。実際私も小さな菜園を作り、家周りや河川の土手の草刈りをしている。野花や山菜を採りに行ったりもする。そうして暮らしの中で自然と関わるうちに五感が解放され、自分の中に里山と繋がる感受性の回路が徐々に出来上がっていったのではないか。これは公園からでは得難い感覚であるように思う。  ちょうど今の時期は水の張られた田んぼで、蛙が一斉に鳴き始める。ここに越してきたばかりの頃はうるさくて仕方なかったが、いつからか気にならなくなり、この頃は愛おしくさえ感じる。そんな時、自分自身が人と自然が共存する里山の一部となれたような気がして、とても嬉しい。私にとって、この感覚こそが里山の心地よさの素である。

現在、木工仕事の傍ら通信制の大学(京都造形芸術大学)に在籍していて、夜中や早朝にちょこちょこレポートを書いています。最短2年で卒業できるのですが、まあ、仕事に支障が出ない程度にボチボチ楽しみながら続けていこうと思います。 以下は「住んでいる地域の自慢出来ること」というテーマで書いた小論文。里山について書きました。 「里山感覚」 丘の上にある自宅のデスクからは里山の風景が広がる。よく手入れされた田んぼと杉林。その間の緩やかな斜面には蔵を備えた日本家屋がひしめくように集落を形成している。遠くかすむ先には鈴鹿山系が臨め、ここへ越した頃に植えたウメやサツキなどの小低木と合わせた近景から遠景に至る風景は一幅の山水画のようである。大阪育ちで東京の大学に通った私がここ滋賀県甲賀の里山に住むようになって14年になるが、この眺めを見るたび嬉しく誇らしい気持ちになる。一体、この里山の心地よさとは何ゆえだろうか。  ここ数年、仕事で東京などに行くと公園やカフェにやたらと足が向く。里山へ来る前、都会に住んでいる頃にはそのようなことはなかったので不思議だったが、ある時気づいた。里山にいるときは、五感を全て解放していられるのだ。ところが、その感覚のまま都会へ入っていくと受け取る情報が多すぎて、疲れてしまう。つまり、都会に住んでいた頃は感受性の回路を一部切ることで、周りとの折り合いをつけていたのだった。  里山と公園は自然に人間が手を加えることで成立しているという意味では似ている。ただ、公園で人は一方的な受け手であるのに対し、里山は住人自らが田を耕し、山の手入れをすることで維持されている。受け手であると同時に担い手でもある。実際私も小さな菜園を作り、家周りや河川の土手の草刈りをしている。野花や山菜を採りに行ったりもする。そうして暮らしの中で自然と関わるうちに五感が解放され、自分の中に里山と繋がる感受性の回路が徐々に出来上がっていったのではないか。これは公園からでは得難い感覚であるように思う。  ちょうど今の時期は水の張られた田んぼで、蛙が一斉に鳴き始める。ここに越してきたばかりの頃はうるさくて仕方なかったが、いつからか気にならなくなり、この頃は愛おしくさえ感じる。そんな時、自分自身が人と自然が共存する里山の一部となれたような気がして、とても嬉しい。私にとって、この感覚こそが里山の心地よさの素である。
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